風にまかせてシャベリン

独学で英語を喋れるようになるための学習方法

悲しみは雪のように

J-POP大好きシャベリンです。

今回は、浜田省吾の「悲しみは雪のように」です。

日本では、ここ数年、非正規雇用者の同一労働同一賃金問題や労働者の最低賃金引き上げ問題が盛んに取り上げられるようになってきましたね。

シャベリンも55歳から5年間、派遣社員で働きましたが、低賃金でボーナスも無く、実績を残して評価されていても会社都合で手のひらを反すように3年で契約解除された経験を持つので、本当に生きづらい世の中になってきたことを実感しています。

そんな正規社員と非正規社員の「働き方」の違いを「アリとキリギリス」をモチーフにしたライトノベルとして執筆しました。この楽曲は、誰でも孤独で悲しみを抱えているときこそ互いに支え合って生きていくことの大切さを実感させてくれますね。

~~~ ある夏の日 ~~~

それは、ある夏の日の出来事。

キリギリスが路上で歌を歌っていると、ネクタイを巻いて黒い鞄を持ったアリたちがぞろぞろと歩いてきました。

「やあ、アリ君じゃないか。そんなにびっしょり汗をかいて、何をしているんだい?」

「久しぶりだね、キリギリス君。僕たちは、お仕事で顧客を一軒ずつ訪問しているところなんだ。」

「ふーん。このくそ暑いのにご苦労様だね。ここは都会でバイトもいっぱいあるのにね。お金が欲しけりゃ、適当にバイトでもして、それ以外は、楽しく歌を歌ったり、遊んだりしてればいいじゃないか?」

「今は景気が良いから仕事がたくさんあるけど、不景気が来たら、都会でも仕事がなくなるよ。今のうちに仕事で稼いでおかないと、あとで困るよ。」

「ハッハッハッ」

「こんなに景気が良いのに。そんなの不景気になってからまた考えればいいじゃん。」

アリは、都内の中小企業で働くサラリーマン。子供の頃から両親に「良い大学を出て、良い企業に勤めれば、一生安泰だから」って言われ続けて、親の期待どおり、都内の大学を卒業し、正社員として中小企業に就職。結婚して、子供もできて、マイホームのローンも支払いながら、仕事一辺倒の毎日を過ごしている。特にやりたい仕事ではないけれど、マイホームのローンやこれからの子供の教育費を考えると我慢するしかないと思っている。本当はキリギリス君のように、たまにはライブで歌を歌ってみたり、取引先との接待ゴルフではなくて、気ままに楽しくゴルフざんまいもしてみたい。

キリギリスは、バイトで生活ギリギリのストリートミュージシャン。若い頃からスポーツ万能で、皆から注目される存在だった。幼い頃からプロのサッカー選手を目指していたけれど、足のケガで結果を残せなくなってから自暴自棄になり、就活もしないまま、路上で好きな歌を歌っている。本当は、アリ君のように安定した職業について、家族やマイホームも持ちたいと考えているけど、それはかなわぬ夢だと思っている。

元々、二人は近所に住む幼なじみで、一緒に泥んこ遊びや秘密基地ごっこもするほど仲の良い友達だったけど、今ではLINEすら交換していなくて、それぞれ別々の道を歩んでいる。

~~~ 木枯らし吹く頃 ~~~

秋の実りの収穫も終わりに近づき、冷たく乾いた木枯らしが吹き始めた頃。

キリギリスはあいも変わらず、路上で歌を歌っていた。時々、立ち止まって聴いてくれる人も少しはいたが、大半は、そそくさと忙しそうに前を通り過ぎていくだけだった。

キリギリスは、そんな人混みの中、眉間にしわを寄せて通り過ぎていこうとしているアリたちを見かけた。今度はとても重そうな荷物を背負っていて見るからに苦しそうだった。

「また逢ったね、アリ君。今度は何か重そうな荷物を背負っているけど、何を運んでいるんだい。」

「お客さんのところで使ってもらっていた製品にトラブルが発生して、今すぐ新品を届けろって言われたからさ。大至急でお客さんのところへ向かっている途中なんだ。」

「そんなの配送業者に任せればいいのに。営業ってそんなこともやらされるのかい?」

「うちは中小零細の下請けだからさ、大手企業からの要請は断れないよ。」

「そんなに頑張って働かなくてもさ。そりゃ、アリ君は、家族持ちだからバイトだけでの生活は難しいかもしれないけれど、与えられたミッションだけやればいい派遣って働き方もあるよね。」

「キリギリス君はいいよね。独身貴族だから。僕はマイホームのローンがまだ30年近く残っているし、子供の大学進学に向けての教育費とか考えると、会社都合でいつでも契約解除される派遣社員なんて選択はないよ。とにかく頑張るしかないんだ。」

アリは、キリギリスの言葉に反発するかのように強い口調で答えると、苛立ちを隠せないまま逃げるようにその場を立ち去ってしまった。

アリは、10年前に過労死で他界した父さんの事を思い出していた。父さんは亡くなる前日まで、つらそうなそぶりを一切見せることなく黙々と働いていた。自分が奨学金を借りることなく大学を卒業し正社員で会社に就職できたのも父さんが頑張って働いてくれたおかげだ。だから自分も子供たちが奨学金を借りることなく大学を卒業する日がくるまで頑張らないといけないんだ。

キリギリスも、本当はバイト収入のみでの生活はギリギリだった。連日、ラーメンにもやしを入れただけの簡素な食事が続いていたが、シンガーソングライターとしてデビューして、いつかサッカー選手の仲間たちを見返してやりたいって思っていた。

そして、あの日が突然、何の前触れもなく訪れた。

アメリカで低所得者向けに融資されていた住宅ローンが焦げ付いて大手投資銀行リーマンブラザーズが9月中旬に経営破綻し、世界的な株価暴落をもたらした金融危機、いわゆるリーマンショックってやつだ。1か月後には、日経平均株価も1万2000円から6000円まで暴落。年末には、非正規雇用の契約を更新しない「雇い止め」や、派遣社員などの契約を打ち切る「派遣切り」などが行われ、会社の寮を出なければいけなくなった人たちが東京・日比谷公園に設けられた「年越し派遣村」に炊き出しを求めて集まった。これは、その後、元の水準に戻るまで5年近くを要した大不況の始まりであった。

~~~ 悲しみは雪のように ~~~

その日は、朝から霜が降りて、凍てつくような寒さだった。

キリギリスは、時折吹いてくる北風に舞い散った枯葉を踏みしめながら一歩ずつ重い足取りで救援所に向かっていた。街路樹に飾られていたクリスマスのイルミネーションも何事もなかったかのようにすっかり取り外されていて、通りにいる人々も一様にうつむき加減で歩いているように見えた。やっとの思いで現地に辿り着いたときには、炊き出しを求めて集まった人々ですでに長い行列ができていた。白い吐息が連なるようにテントの辺りまで続いているのをぼんやりと見つめながら、ひたすら順番が回ってくるのを待つしかなかった。

バイトの契約を解除されてから、早くも1ヵ月近くが経とうとしていた。他のバイトも探してみたが、不景気の真っただ中で、バイトを雇う余裕のある会社など一切見当たらなかった。貯金もだんだん底をつき、数日前にアパートを出てから、ネットカフェで寒さをしのぐ日々が続いていたが、いよいよそこも出ざる負えない状況になってきた。

その日は何とか炊き出しで空腹を満たすことはできたが、寝泊りする場所は見当たらなかった。辺りはだんだんと日が暮れていく中で、キリギリスは、行く当てもなく、見慣れた道をぼんやりと記憶をたどるように歩き続けていた。そしてふと我に返るといつの間にか実家の前に立っていた。

半ば喧嘩別れのような状態で家を飛び出してからもう10年間近くが経っていた。ためらいながら何度もドアのチャイムを押そうと試みたが、どうしても押すことができなかった。実家に助けを求めて戻ってしまえば、今まで追いかけてきた夢も全て消え去ってしまうことが怖かった。

実家の前を素通りして、そのままとぼとぼと歩き続けていると、近所に住んでいたアリの実家を思い出した。確か橋を渡った向こうの川沿いにあるトタン張りの平屋だったように記憶している。記憶を頼りにその場所を訪ねてみると、真新しい2階立ての一戸建て住宅が立っていた。最初は少しためらったが、意を決してドアのチャイムを鳴らしてみた。

「アリ君、僕だよ。キリギリスだよ。連絡も取らずに突然、訪問してごめんね。」

「キリギリス君、どうしたんだい。何かあったのかい?」

「実は、バイト先をクビになっちゃってさ。行く当てもなくてね。今晩、泊めてくれないかな。」

アリは、一瞬、困惑したけれど、少し時間をおいてから呆れた様子で怒りを吐き捨てるように答えた。

「ちょっと都合が良すぎるんじゃないかな。夏に会ったときは、僕が汗だくで営業活動をしていても君は笑い飛ばしていたよね。秋に会ったときは、派遣もどうかなって僕に勧めたよね。今頃、助けてくれって、自業自得だろ。」

「あの時は、ごめん。確かにアリ君の言うとおりだよ。」

キリギリスは、悲しそうなそぶりを見せながらも、その場を立ち去るしかなかった。

アリはすっかり気分が滅入っていた。久しぶりに訪ねてきた友だちにあんな言葉を吐いてしまった自分を責めていた。自分を頼って訪ねてきたキリギリスに闇雲に怒りをぶつけて追い返してしまった。

子供の頃、貧乏な家庭で育ったアリは、肌の色や着ていた服などの容姿のことで、いつも仲間にいじめられていた。そんなとき、キリギリスはいつも盾になってアリを守ってくれていたのに。

日もすっかり暮れて夕闇の静寂が忍び寄る中、アリが窓の外にふと目をやると、しんしんと雪が降り始めていた。そして、ぼんやりと庭の柿の木に雪が降り積もるのを見ていたら、なぜだか懐かしいメロディーが頭の中を流れ始めた。それは、父さんがカーステレオで冬になると必ず聴いていた浜田省吾の「悲しみは雪のように」だった。

浜田省吾 Official Youtube Channelより>

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いたたまれなくなったアリは、焦ったように急いでドアを飛び出すと、微かに聞こえるギターの音色を頼りに、辺りを必死に探し始めた。そして近くの公園のベンチで独り佇んで座っているキリギリスを見つけた。

「キリギリス君。さっきはごめん。ずいぶん酷いことを言ってしまって。」

「アリ君、探してくれたんだね。こんな僕なんかのために。酷いのはむしろ僕の方さ。
アリ君は、いつも家族のために一生懸命働いているのにさ。
僕なんか自分勝手で夢ばかり見て、アリ君の苦しみに気づいていなかったなんて。」

「そんなことないよ。
キリギリス君がずっと夢を追い続けていたから、僕もここまで頑張れたんだ。
僕は、父さんの夢をかなえることができたから、今度はキリギリス君の番だよ。」

「アリ君・・・(泣)。ありがとう。」

終わり(Fin.)

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